こころざし

日々のつぶやきをしるしたブログです

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最近の読書事情。

村上春樹氏が、質問サイトを立ち上げたことで、
春樹愛再燃しつつあったのですが、

やはり多様な名作を読むべきだなあ、と思い、
図書館で芥川賞全集を借りてみました。

とりあえず、
「宣戦布告」という、
不穏なタイトルのブログを書いていらっしゃる元都知事が、
どのような作品で評価されたのか気になったので、
『太陽の季節』が掲載されているものを。

なんだか、ずいぶんお金持ちのお坊ちゃんのお話みたいですね。
労働者としては、あまり感情移入できませんでした。

そして…

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最後の方の、受賞一覧のページに、
鉛筆で◎、◯、△といった、評価が、鉛筆で書いてありました。
評価なのかどうか、誰がいつ書いたのか、全くわからないけど、
図書館の本というのはこういった楽しみがあります。
「勝手に区民審査員」というかね。

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私も35歳になって、
いろいろと生活も変わり、
最近のテーマは、「多様性を許容して尊重し合う」ことです。
宣戦布告しちゃうような元都知事とは、やはり相いれないものがあるなあ。

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Evernote Camera Roll 20141204 184957


村上春樹は比喩の人。

メタファー(暗喩)の人。

昔どれだったかの作品に、

「12月の雨に濡れた黒犬みたいに惨めだった」

という比喩があって、ううむ。とうならされた。


だって、12月の、雪だったら、なんとなく、

喜び庭駆け回る感じがするけど、

12月の雨って、寒くて、昼でも暗くて、物悲しいじゃないですか。

それで夜道に、黒犬が、ぬらっ、と現れる感じを想像してしまって、

それは惨めだ。と思った。


今日は、さすがにお出かけしたくない、
寒い寒い雨ですね。

こたつから出られないダメ人間が、
今年も製造されています。


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葉桜

『葉桜の季節に君を想うということ』
という小説を読んだ。
ミステリ。サスペンス。
大どんでんもの。
面白かったけど、ネタバレするとつまらないので詳細は書きません。

ミステリを読んだのは久しぶりで、
ちょっと漫画みたいなノリに、戸惑う部分があったり。
最近は純文学とか社会科学系の本ばかり読んでいたので、
「軽さ」を覚えてしまったのか、
大変読みやすい割に進まなかった。
でも、中盤から一気に読み進んだ。

全体を通して思ったのは、「バイタリティ」ということ。

ミステリとか、エンターテインメント系の小説の主人公って、
バイタリティを感じることが多い。
自分はどうして生きるのか?とか、
純文学的な芸術性にあまり興味を示さず、
生きることに理由なんて必要ないような生き方。

食べて、働いて、眠る。笑う、泣く、怒る。
複雑な心の機微は、描かれない。

それでいいのだと思う。そういう生活がしあわせなのだと。


それからしばらくして、「文學界」という文芸誌を読んでいる。
基本的に純文学ばかり。

文學界


心の機微を描くことに粘着的なまでの生々しさを感じる。

エンターテインメント小説が、
つるりとしたゆで卵の表面を描くとしたら、
純文学は、
卵の殻の表面のざらざらした手触りを描くようなものだ。

メタファー(暗喩)に満ちる。
死生観に満ちる。
芸術性に満ちる。

はっきり言って健康的とは言えない。


一個の人間の中には、
少なくとも私の中には、
この、
単純性と死生観が共存している。

走って汗を流して、
オフロに入って昼寝して、
あー気持ちいい、
と思うかたわら、

このままでいいのか。
このまま生きていていいのか、

という疑問を常に自分に問うている。

面倒くさい人生。

それを背負っているんだな。

先は見えない。

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せいこう

ここ一年かそこら、いとうせいこう好きになりました。

前は、ふつうのゲーノージンと思っていたけれど、
ひょんなことから口ロロというグループに属していることを知り、
聞いてみたら、結構ツボで。

Twitterをフォローしていたら、
彼が書いた小説が芥川賞候補になっていると知り、
なんとなく買って読んでみると、
イイ!

震災と津波の大混乱を、
静か〜な雰囲気で描いていて、
中で出てくる曲
コリーヌ・ベイリー・レイの「あの日の海」
がとてもマッチしていて。
(この本のおかげでアルバムDLした)

それで、こんどの
『存在しない小説』も
買ってみました。

政治的にも、
小平の雑木林を守る国民投票の時に活動されていて、
Twitterの言動も同調できるというか。

やっぱり、みうらじゅんや大槻ケンヂと同じく、
サブカルの神なのかしら?

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シドニー!


シドニー五輪、もう10年以上前になるんですね。
私は当時ちょうど二十歳。
特に何を見た記憶もございません。

ただ、当時付き合っていた?男の子が、
ちょうど留学でオーストラリアに行っていたことを思い出しました。

東京オリンピック開催が決定し、
盛り上がっているように見えますが、
実は盛り上がっているのは、メディアだけ。
という気も致します。
でもロンドン五輪の凱旋パレードが銀座であったときは、
50万人集まったというから、
東京オリンピックもすごいのでしょうか。

さて。本の話。

この本に書かれていることは、
「オリンピックは退屈な催しである」
と思っている村上春樹が、シドニー五輪開催期間中、
23日間にわたってオーストラリアでの取材を試みた、
村上氏にはめずらしい構成の本になっている。

はじめと終わりに有森裕子と男子マラソンの犬伏に取材し、
はじめの方は有森本人が一人称で書いたような文体になっている。

有森裕子はシドニー五輪には出場していない。
そして犬伏は、シドニーでは完走できなかった。

途中の日誌風の取材では、「退屈である」オリンピックを、
多少だらだらと描いてある。
オーストラリアという国の紹介文もあり、まあ面白いのだが、
ちょっと散漫な感じ。

だからきっと、最初と最後の「敗者」二人にフォーカスした、
このワンセンテンスに重きが置かれているような気がした。


僕らはみんなーほとんどみんなということだけれどー自分の弱さを抱えて生きている。僕らは多くの場合、その弱さを消し去ることも、潰すこともできない。その場所にこっそりと押し隠すことはできるが、長い目で見ればそんなことをしても何の役にも立ちはしない。僕らにできるもっとも正しいことは、弱さが自分の中にあることを進んで認め、正面から向き合い、それをうまく自分の側に引き入れることだけだ。弱さに足を引っ張られることなく、逆に踏み台に組み立てなおして、自分をより高い場所へと持ち上げていくことだけだ。そうすることによって僕らは結果的に人間としての深みを得ることができる。小説家にとっても、アスリートにとっても、あるいはあなたにとっても、原理的には同じことだ。


つまり、
この本は、オリンピックという
「退屈の集積から得られる興奮(のようなもの)」と、
敗北のなかから生まれる人間としての深みを描いたと言えると思う。

なぜ退屈なのか?
それは商業化されすぎていること。
資本主義の甘い汁をズルズルとすする誰かのヨダレが気持ち悪いんだろうな、
と思った。
私もそう思う。

競争、闘争、争いの本能。それを見ていないと退屈してしまう人もいるし、
ささやかなワラビーのしっぽの感触があれば幸せに生きていける、
という人もいる。

ただただ、村上氏も私も、
きっと後者に属するし、ずっと属していたいということだ。

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