こころざし

日々のつぶやきをしるしたブログです

ライター

〇〇系、〇〇型、〇〇な人…

とかく人々はカテゴリ分けが好きだ。
書店の自己啓発・ビジネス書のコーナーなど見ていると特にそう思う。

カテゴリに自分を分けて置くことで、安心したいんだろう。
このカテゴリにいられれば大丈夫、といったように。

私だって、それを便宜上使うときもある。
私って、メンヘラペシミストだからさ〜といったように。

かと思えば、うまくカテゴリ分けされない自分が現れると、
「世界に一つだけの花」などと言ってみて、
自分の望んだ匿名性をあきらめ、
「個性」を伸ばす方向へ向かう。
しかしそんな急づくりな個性なんて現れやしない。

学校教育は「個性」を重視しすぎている、という文章をまま見かける。

たしかに、私も、個性を強要されたような気になって、
「これもあれも人の真似じゃないか。
私のオリジナリティはどこ?」
と悩んだ時期もあった。

本当は、個性なんてどうでもいいし、
ルイヴィトンを持って休日はパンケーキを食べるために2時間並んだって、
別にどうでもいいことなのだ。

全ては、「お月さまぐらい離れて」考えれば、
塵にもならないことなのだから。

政治的な右と左の二元論に関しても、
単なるカテゴリ分けに過ぎない。

もっと遠くから見てもいい気がする。

保守を求めるあまり、異質な人に対して攻撃的になったり、
平和を求めるあまり結局暴力的になったり。

そうなってしまえば、「暴力的」という意味では区別がつかないのだ。

大きな空気を読みなさい、という言葉は、そういうことかもしれないな。


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