こころざし

日々のつぶやきをしるしたブログです

色彩

この本が話題になって、少したつ。

その間に、この本を話題にした私の友人たちは、

口を揃えて、村上春樹に対して懐疑的であった。

それは、あまりにも商業化されすぎたこの新作小説の話題作り、

村上春樹を好きな人に多く見られる共通点。

「中2病的」ともいえる、はしかのようなもの。

それらが、近年の村上春樹に向けられる、暖かいとは言えない評価である。

私は、彼の小説をおそらくすべて読んできて、

やはり、嫌いには慣れなかった。

それは、ある意味で、私が、はしかのようなもの、

感受性の強さ。心の弱さ。魂の幼稚さ。そういったものに悩み続けているからかもしれない。


しかし、春樹の小説を読むたびに、

自分は強く生きなければ行けない。世界で一番タフに生きなければ行けない、ということを思い起こす。

それは、ジョギングをしているときの感覚に似ている。

走るうち、じんわりと熱を持ち、汗をかき、余分な思考が削ぎ落とされる。

そして、孤独な自分を認識する。意識がクリアになる。



村上春樹の小説で、共感できる点が、もう一つある。

それは、本当の恐怖。

私は、幽霊も強盗も、怖いことは怖いけれど、絶対的な恐怖は他にあると思っている。

それは、現実と夢が曖昧になること。
現実と妄想が曖昧になること。

妄想では、自分は、非道とも言える反社会的な行動を行う。
しかしそれは妄想だ。
そう信じてその先の人生を生きる。
しばらくして、「あれは本当にあったことなのか。それともただの妄想だったのか?」
という疑念に苛まれ、苦しむ。

自分が被害者になることの恐怖は、許容範囲にあると言える。
自分が加害者になってしまったかもしれない、自分の中のモンスターを垣間みるとき。
それが本当の恐怖だ。


この小説は、他の小説に比べて、ずいぶん読みやすい気がする。
そういった意味では、「ハルキ・テイスト」は薄いかもしれない。

しかし、多くの共感を覚えたのは、先に述べた通り。

幼稚だと思うのなら読まなければいい。

世の中には、読むべき小説はたくさんあるが、読まなくても良い小説もたくさんあるのだから。

ランキングに参加しています。
↓クリックにご協力ください↓

にほんブログ村 写真ブログ 女性カメラマンへ
にほんブログ村












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://grownant.blog121.fc2.com/tb.php/338-c947e245