こころざし

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走ることについて語るときに僕の語ること
ー村上春樹ー

大好きな映画作品に、「男はつらいよ」シリーズがある。
山田洋次の描く作品群は、人間らしさ、日本人らしさが香り立つようなところが魅力だ。

ある作品の中で、渥美清演じる寅次郎が、「俺は愚かな人間だ」と嘆くシーンがあった(記憶では)。その様子を見た、寅次郎の妹さくらの夫、インテリのヒロシが、寅次郎をこうなだめるのだ。
「兄さん、自分が愚かだと気づいた人間は、もう愚かではないんです」

こんなふうに生活に密着した日常性の高い作品の中で、こんなことを言われると、こそばゆさもあるが、はっとさせられるのだ。おそらく、「無知の知」から来た格言ではないかと思う。
クールに肩で風を切って、「それがどうした」という人生を送りたいが、どうにもドタバタとずっこける寅次郎。ファンたちはそれを期待する。
どうしようもなく効率の悪い生き方しかできない寅次郎は、「おじさんみたいになっちゃダメよ」と後ろ指を指されながら、それでも一生懸命生きていて、スマートでクールに生きている人間には見せられない人間性を見せてくれる。

村上春樹という作家に、私は寅次郎と同じ「ヒューマニズム」を感じている。
この作品の中で村上春樹は、小説家であるために走る、という行為をこう語る。

本当に価値のある物事は往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為だったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。僕はそう考える。実感として、そして経験則として。

人間らしく生きることは、とてつもなくかっこうわるい。
結婚したり離婚したり、仕事で失敗したり、病気になったり、子供が不出来だったり。いつまでも落ち着くことのないバクチ人生を歩んだり。

村上春樹は「走る」という行為の先に、人生を見ている。
体調、メンタル、天候、様々な要因をクリアして走り、何かを得ることは、確かに効率が悪い。一年かけて練習しても、必ず勝てるわけでは決してないという点において「費用対効果」でいうと最悪だ。
しかし、人間性、ヒューマニズムはその効率の悪さを乗り越えたときに、はじめて煌めいて見えるだろう。

僕は、自慢する訳じゃないけれど、負けることにはかなり慣れている。世の中には僕の手に余るものごとが山ほどあり、どうやっても勝てない相手が山ほどいる。

負けることで学べること、負けることではじめて煌めいてくるもの。
それが、人間性、ヒューマニズム、人生の深みだと思う。

負けつづける寅次郎は、人生の大先輩として、多くの庶民のトップを走り続け、まざまざと人間性を見せつけ、永遠のバイブルとして日本映画界に君臨している。そして彼は旅を続ける。

自分に勝つことを目標としている村上春樹は、負けながらも走る抜ける。競技としては敗者でも、彼は間違いなくトップランナーだ。
「少なくとも、一度も歩かなかった」という自分の指標に勝ち続ける限り。

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