こころざし

日々のつぶやきをしるしたブログです

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映画にも美術館にも、だいぶん行っていなかった。

横尾忠則氏がつぶやいていて、なんとなく、見に行った。

映画「ANPO」

anpo_flyer.jpg



渋谷アップリンクXという、ミニミニシアターで。
40席ほど?カフェみたいなソファが並んでいる。
映画の日に行ったが、20人もいなかったかもしれない。

人生で一番好きな映画と出会ってしまった。

絵画や写真、それらを造ったアーティストたちの証言。ナレーションなしの構成は、作品やアーティストの魅力をより引き出している。

安保闘争で、何が起こったか。
紹介される作品たちの訴えるものに、引き込まれて、動けないほどだ。
会田誠、中村宏、石内都、横尾忠則、冨沢幸男、東松照明、、、、。
言葉に重みがあって、痛いほど刺さってくる。
anpo_main.jpg



私は、芸術を鑑賞する時は、勢いやエネルギー、光の使い方を見る。好きな絵画は「海の幸」(青木繁)といつも答えていた。たっぷりとした量感あるモチーフの躍動。描かなければ死んでも死にきれない、という思いが伝わってくる。それに共通するものが「ANPO」に紹介される作品たちにあったと思う。アーティスト=目撃者として、彼らのフィルターで60年安保を感じて、描く。写す。表現する。そこにはまぎれもなく、「時代に向かって叫びたい気持ち」が現れていた。

僕は戦争が嫌だ。あんな馬鹿なことを絶対にしたくない」
そう強く思う気持ちは、きわめて自然な、人間本来の願いである。
しかし、きっと、世の中の大多数に、「青臭いことを」と言われてしまうだろうことに、悲しみも憤りも寂しさも覚える。

祖父母、曾祖父母、親戚みんなが原爆にさらされた事実がなかったら、
この映画は私の心には刺さらないのだろうか。
大切な人を、不条理な戦争で失いたくない気持ちは、誰にでもあると信じたい。

安保闘争の人ごみと、渋谷の人ごみと、何が違うのだろうと思いながら帰った。
今の渋谷には、結託して反抗の意思を吐き出すようなエネルギーはない。そこにあるのはバラバラのファッションと、バラバラの自由意志。デモ行動をする人というのは、どうしてもほんの一部だと思う。

映画の最後で、「傷付いたままじゃ嫌だった」と言うことばがあった。
抗う(あらがう)気持ちというのは、「こうありたい」と努力する時より、大きなエネルギーを持つのではないだろうか。
もしかしたら、安保の頃と比べて今は、「傷付いて」いない人が、多すぎるのかもしれない。やんわりと守られ、やんわりと病んでいるだけだ。民主主義の残骸、と言ってしまいたくなる。自由の中で、迷子になっているように私は感じている。
anpo_sub.jpg




タイトルがANPOだから、
政治的な背景に躊躇して見に行かない人もいるだろうが、
芸術を紹介する映画として、もっと見られるべきだと強く思う。
anpo_sub2.jpg


きっと「暑苦しい」と言って見ない人も多いだろう。ただその冷めた目線の先に、未来はあるだろうか。もし、そう思わないのなら、見に行ってほしい。
日本人の問題意識を芸術の目線から揺さぶる作品である。


なんの恨みつらみもないよ。兵隊に。
でも米軍は嫌いよ。悪いこといっぱいしてるし。許してる日本はもっと嫌い。許してる自分ももっと嫌。



私も泣き虫です。泣きたい時は、泣きましょう。
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