こころざし

日々のつぶやきをしるしたブログです

IMG_1713自由が丘散歩 (1)



女子高生が貧困を訴えたら炎上。

不倫や公私混同には容赦なく切り込むマスコミ。

金メダルを取れなくて申し訳ないと謝るメダリストたち。


別に肩入れするつもりはないんだけど、

舛添元知事が「息子は脅迫されているし、失うものは何もない」

と言っていたのが気になっている。

不倫騒動を起こしてLINE情報を暴露された人たちもいる。

そこまでするか?

そんな報道を聞くためにテレビがあるわけじゃない。

電通と政府の蜜月について詳しく解説するとか。

日本会議についてどういう組織なのか詳しく調べて番組にするとか。

もっとすべきことがあると思うんだけどねえ。


傍観するのもいじめ。

いじめはその人の人生を狂わすほど精神的被害を与えるものだと思う。

その時すぐに自殺したりしなくても、

その人の心にいじめられたトラウマが巣食うのだ。

夢になって現れて、夢が現実に侵食する。


いじめのくに。

私もよくいじめられたなあ。

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IMG_1817夕焼富士




ライターになりたい、と思っていた、このブログを始めた頃。

ライターとは、文章を書くことで食べていくという夢のような仕事だと単純に思っていた。

ちょっと書いては「文才あるね」とか「おもしろい!」とか言われ続けるものだと思っていた。まあ、バカだったのだ。(今もだけど)

ライターになるために重要なモノ。
それは…

根気。モチベーション。
ボキャブラリーを求め続ける読書量や、
アイデアをひねり出すための努力。
その努力を維持するためのパッションなのである。

ライターを夢見ていた頃の私は、どうにもこれらが足らなかった。

ライター養成講座に通っていた時の同期生を鏡にして見てみればわかる。
「テキトーに文章書いて金もらえればいいよね」という楽して稼ぎたい人とか、
「この学校行ってればライターになれるんでしょ」という他人まかせなモロいパッションの持ち主ばかりで、課題なんて仕事で忙しくてできないし〜というのが当たり前。金をドブに捨てるようなものである。

10人ぐらい連絡先交換したけど、
同期生できちんとライターになった人がいるのか。いないと思う。

そもそも、ライターを続けられるパッションと人脈、ノウハウの持ち主なら、ライターになるために学校なんて行かないんじゃないだろうか。こうなると「ライター養成講座」そのものの存在意義が怪しい。

このブログを始めて10年経過しようとしている。
このブログがあっちこっちに行っては停滞するのは全て「パッション(熱意)」の足りなさゆえ。私の不徳の致すところ、どうぞお許しあれ…

だれも「ゆるさん」とは言っていない。
世の中はゆるさないのではなく、「忘れる」のだ。

そうしてブログは忘れられる。

どうにかアイデアをひねり出し続けなければ。

と思いながら、
「ビッグマック炊き込みご飯」とか、
「生卵で下痢するのはなぜ?」とか、
特に興味のない記事について書いている。

特に興味がないものでも、書き続ける熱意があるか。
それだけ文章を書くことが好きか。
自分はバカだと認めて、パッションを持ち続けること。
根気を持ち続けること。
自分が世の中で一番バカだと認めれば、学ぶことが多い。
そして学び続けたい。

ライターになりたい人は、文章を書くことが好きならなれます。
ただ、「自分の書きたい文章」を書けるかどうかは別。
いや、こうやってブログに書けるんだけど、
それが読まれるかどうかは別。

「自分が書きたい文章」が「人々が読みたい文章」と
ぴったりマッチするなんて、ほんの僅かな確率だ。

そんな確率に期待するのはやめて、
「求められる文章」を書き続ける努力家がライターという職業である。と思う。




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IMG_1731近所散歩5月中旬


オバマ大統領が広島平和記念公園に訪問したらしい。

テレビのニュースをほとんど見ていなかった私は、

ネットで知っていたけど、ほとんどこのことに関心が持てなかった。



忘れられない被爆者である祖母の言葉は、

「もう、子供を産むのを諦めようと思った。子供が生きていく時代じゃなくなってしまった」というもの。

アメリカを憎む前に、もう日本がダメになっていく感覚があったのかもしれない。

竹槍を振りながら、馬鹿馬鹿しい、と思っていたそうだ。



71年経って、私たちは安心して子供が産める状況になっただろうか。

広島に落ちた原爆の何倍も威力が強い核爆弾が、世の中には何万発も眠っている。


ヒロシマの被爆者たちは核抑止力の犠牲者なのだ。

国と国が核を保有しあって、「またヒロシマみたいになったらどうする?」という抑止力。


「1日1日を一生懸命生きなさい」祖母のことば。

起きていないことを憂慮することは大切だ。

でも、そればっかりじゃあ、前に進めない。

今日も出来る限りの事をしよう。


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学生運動って謎が多い。

学生運動真っ只中を駆け抜けたある人に、
「どうして学生運動してたの?」
と、聞いたら、

「どうしてだろうね?」
と聞き返されたことがある。

そして、子供だったし、米軍の軍服を好む意味がわからなかった。
「え?平和になりたいんじゃないの?平和の反対が戦争じゃないの?」
と思っていた。

いろいろ調べると、
社会を良くしていこうと考えていたのに、
やがて「セクト」、つまり大学対大学のようなことになり…
その辺は大学によっても違うだろうが、
東大安田講堂事件とか、
とにかく「若者の熱いエネルギー」が爆発したみたいな。
それで、連合赤軍事件で終了。

何かに抗うエネルギーというのは、
何かを受け入れるエネルギーよりも、
爆発的でとても強いものです。

これを現代に置き換えてみる。

よく調べていないけど、
(よく調べようとするとネットがエラーになったりしてちょっとコワイ…)
若者を中心としたSEALDsという動きがあるらしい。

立憲主義・生活保障・安全保障で明確なヴィジョンを表明すると明言し、
「野党がんばれ」などとシュプレヒコールを上げているらしい。

私が聞いた情報では、
アンチ与党色が強く、右とか左で語れるものではない、という話。

70年代の学生運動は完全に左対右だったけど、
新しい動きが何十年ぶりかに出てきたのである。
名前を出さないところが、某巨大掲示板サイトを思うけど。

最近、すこーしずつ、またミリタリーファッションがはやってきている気がする。
まあ、若者の「抗う」エネルギーは無記名ながらも沸騰しているということで、
具体性を盛り込んで頑張ってください。

平和の反対は戦争って、簡単に言えないんだな。
平和を求める戦争がみんなを苦しめてるんだから。

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IMG_1576ピクニック (1)



寛容でありたい。

いつでもそう思っている。

他者を蹴落とすことなく、
多様性を許容すること。

護憲か改憲か、の問題は、革新派である民進党が護憲で、保守である与党が改憲を望んでいる。

それに対して、
人間は完璧ではないから、先人の知恵を借りて、少しずつ改憲すべきだ、という方がいらっしゃった。

なるほど、と。

リベラル、というのは、本来「寛容」という意味なんだ。

憲法を作った人達が、完璧とは限らない。
戦争放棄を訴えても、人間は武力なしにはおそらく生きていけない。
このままなし崩し的に軍備を増大させるより、
自衛隊を軍だと認めて、逆にリミットを設けるような、少しずつの改憲。

護憲と改憲で争い続けるのは不毛だ。
折衷案として新たに提示する党があってもいいと思う。

私たちの民主主義なんだから。




先日、気になるニュースがあった。

札幌市議会で、「精神鑑定受けたほうがいい」というヤジがあったとのこと。
おそらく自民党議員の発言とみられている。

問題は、自民党議員か共産党議員かではなく、
「精神鑑定を受けたほうがいい」という言葉を、罵声として発言したこと。

日本人の4人に一人は精神疾患を持っていると言われ続けている。

ありふれた病なのに、その病気を患った人はもう日常生活に戻れないかのように扱われる。
オープンにすれば仕事を見つけるのも困難だ。ほとんど絶望的。

病気のレッテルは、発言した市議にとって、犯罪と同じような扱い方をされている。

そのことにショックを受けた。


それでも友達をやめないで付き合ってくれる人は何人もいる。

彼らの寛容さに感謝したい。

寛容な世の中、寛容な民主主義を期待したい。

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