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こころざし

日々のつぶやきをしるしたブログです


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人生道半ば。

がむしゃらな時期も過ぎて、安定に入っていくアラフォーなのかもしれませんが、
私はまだまだcomplicated problem を抱えています。

アグレッシブなあの頃に帰りたい。

広島カープのキャップをかぶって一人ラーメンを啜る過去の私を、
バカみたいと鼻で笑って高みの見物。
結婚してたら偉いのか?
むしろ私は結婚して阿呆になった。

別れたいとかではなくて、自力で生きていこう、
自分の確たる意見を持とうという気持ちが薄れてしまった。
のではないだろうか。

意見を持たず、ついていくだけ。責任の回避。政治家と一緒だ。

「万引き家族」という映画を少し前に見た。
たまらんほど響いた映画だった。

なかでも一番は、やはり安藤サクラの落涙シーン。
あれだけの重みのある涙を流す人は、涙のなかに、
様々に入り混じった深い思いが淀んでいる。
子供を持ちたかったのか、家族を持ちたかったのか。ただ寂しかったのか。
明確に答えることはできない。
結局は一人の人生をどうやって乗り切ろうか、
このままこんなことをしていていいのか、
そういう思いが悲しみになってすこしずつ溜まっていって井戸になる。
そしてあの瞬間、しょっぱいものがあふれる。
こうしていてももらい泣きというか思い出して落涙してしまうほど、
びしびし悲しみが滲みた。


図らずも「人と少し違う人生」を生きることになった私。

そんなことはどうでもいいのだ。

この道に説明書も保証書もないのだ。

自分で考えろ。






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IMG_2118狛江菜の花


なんだかんだ言って4月は一度も更新していなかった。

それなりに楽しかったのです。春が来るというのは。

桜もたくさん見ましたが、

お花見らしきものをきちんとしたのは、

もはや4月も半ばで、菜の花がすごかった。


職業的ななりふりが宙ぶらりんのまま、

ゴールデンウィークに突入。

東京は人が少ないと聞きましたが、

なんだか土手沿いは人ばっかりです。


最近は、「気分良く過ごそう」がテーマです。

考えて考えぬくのも大事だけど、

気分悪くなったら、ネガティブな考えにいってしまう。

ちょっと考えて、あ、やばいな、と思ったら、

もう考えないようにしています。


だって、North Koreaの問題とか、かくぶそうとか、

考え出したら悲観的になっちゃうでしょう?

この先どうなるのか、誰にもわかんないんだから、

せめて気分良く過ごそう。

明日はバナナパンケーキでも焼こうかな。


軽いと言われようと、しょうがない。

重い人生を背負う人もいるかもしれないけど、

重たいモノに人生を奪われてしまっては

始まらないからね。

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IMG_1867グリーン2



当事者なんてたくさんいる。

100人に一人のありふれた病気だし、

他の精神疾患も合わせたらすごい数だ。

それでも、特別扱いされるし、

特別扱いされなくても拍子抜けする。

特別扱いされないためには、当事者であることを隠して働かなきゃいけなくて、

隠して働いたら再発した私は、

どうしようもないんだと鬱々とする。


当事者であることをオープンにした上に

サラリーマンの平均年収よりがっぽり儲けている人もいる。

かといって追い込むのもいけないし、

怠惰に過ごすのも自分のために良くない。


とりあえず睡眠時間を常人並みにしなきゃね。

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祖母はシングルマザーとして私の母を産んだ。

小さい頃、親子で苗字が違っていたそうだ。

祖母は商売をしていて忙しく、

母は小学生時分から魚のさばき方を自力で習得していたらしい。

母は30の時に私を産んだ。

よく寝る子だった、と言われた娘である私は、

今でも睡眠に関する障害に悩まされている。


親子三人、川の字で眠ったことも何度かある。

並べられたマトリョーシカのように。


マトリョーシカとは、

人形のおなかを開けたら人形が出てきて、

出てきた人形のおなかをあけたらまた…

と繰り返すロシアの民芸品だ。

マトリョーシカは最後、女性の小指の先ほどの大きさになって、

その最後の人形はもう割れない。

無理やり割ったら何か出てくるかもしれないが、

それはもう人形ではない。


最後の一人になるとしても、

私は全然悪くないと思う。

最後の一人が何かしらを達成できないと決めてかかるのは、

暴力的な決めつけだから。

生み出すものは

人形の形をしていなくても、いいと思う。

最小単位は無限だ。

形にこだわることはない。

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シアトル0514139

「はずかしい」

という感情がある。

私はどうやらその感情に乗っ取られているようだ。


恥ずかしくない服を着て、

恥ずかしくないように化粧をして、

あまり馬鹿がばれないように人に合わせた会話を進める。

調子に乗ってしゃべりすぎたり、

書き込みすぎたりしたときには、

恥ずかしくて壁にあいた画鋲の穴にでも入りたくなる。


小学生時分、

私と母の留守中に、兄が上級生の女子を家に連れてきたことがあり、

「『antちゃんの下着、私とたたみ方が同じだ』って言ってたよ」

と後から兄に言われた。

洗濯して畳んだ下着がたまたま出しっぱなしだったのだ。

今でも覚えているぐらい恥ずかしかったし、

生まれて初めて恥ずかしくて泣いた。


そういう、他人の目を気にしまくって生きている人間だからこそ、

恥ずかしすぎておかしくなるんだな。

一旦おかしくなったら、恥ずかしさなんてどっかへ行って、

意識の向こう側で、一般的には恥ずかしいとされることでも平気でやってしまうんだけど。

大声で歌うとかね。ま、それくらいならまだマシだけど。


恥ずかしさを笑いに変えたり、

できたらなあ。

それも一つの才能だと思う。

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